伊勢音頭 & 間の山節(西条祭り編) 抜粋・順不同
伊勢音頭
伊勢は ナーエ 津で持つ 津は伊勢で持つ アラヨーイヨイ 尾張名古屋は ヤンレ 城で持つ *
ここの ナーエ 屋敷は めでたの屋敷 アラヨーイヨイ 鶴と亀とが ヤンレ 舞を舞う *
うれし ナーエ 目出度(めでた)の 若松様よ アラヨーイヨイ 枝も栄えて ヤンレ 葉も繁る *
お前 ナーエ 百まで わしは九十九まで アラヨーイヨイ 共に白髪の ヤンレ 生えるまで *
娘 ナーエ 島田に 蝶々がとまる アラヨーイヨイ とまるはずだよ ヤンレ 花じゃもの *
お伊勢 ナーエ 参りに この子が出来た アラヨーイヨイ お名を付けましょ ヤンレ 伊勢松と *
吉田 ナーエ 通れば 二階から招く アラヨーイヨイ しかも鹿の子の ヤンレ 振り袖で *
桜 ナーエ 三月 あやめは五月 アラヨーイヨイ 咲いて年取る ヤンレ 梅の花 *
富士は ナーエ 三国一とは言えど アラヨーイヨイ 伊予の石鎚 ヤンレ 四国一 *
間の山節
間の ナーエ 山には お杉やお玉 アラヨーイヨイ
お杉お玉の弾く三味は
一を弛めて二を締めて
三で弾き出す三下がり
縞さん紺さん中乗りさん
浅黄のももひきゃすね抜きさん
どん亀いりの脇差しさん
白目しぼりの頬かむり
一銭やりゃんせほうりゃんせ
お杉お玉は ヤンレ ここばかり *
お伊勢 ナーエ 参りに お杉やお玉 アラヨーイヨイ
申しこれいのお客さま
ここりゃ辺りで泊まりゃんせ
お風呂(ゆ)もたんたん沸いている
お茶もしゃんしゃん沸いている
行灯の障子も昨日張り替えて
食事の用意も銀膳銀箸銀茶碗
お寝間お伽も十六、七と八なりと
白歯が嫌なら鉄漿(かね)つけて ※
お金次第でヤンレ 私でも *
囃し言葉
まずは、「*」の部分であるが、ここには、「囃し言葉」が入るが各だんじり(各自治会)毎に色々なバリエーションがある。
もともと伊勢音頭にも、「祝唄」、「正調」、「道中」、「別れの唄」、「さわぎ」など少しずつ異なる伊勢音頭があるが、いずれも共通しているのが「囃し言葉」である。
その「囃し言葉」は、「ヤートコセーヨーイヤナ アララ コレハイセー コノヨイトコ イセー」と歌われています。
この「囃子言葉」を漢字で表すと、
“弥長世(やーとこせー)の恰弥成(よーいやな)安楽楽(あらら)是者伊勢(これはいせ)コノ善所(よいとこ)伊勢(いせー)”と、
とてもめでたい漢字で綴られている。
これらの漢字を訳すと、「世の中が末永く平和で繁栄しますように、伊勢は良いところです」という意味になります。
この「囃子言葉」が伊勢から西条まで伝わた後、西条祭りにおいて伊勢音頭が長年歌唱によって継承された結果、徐々に変化して現在のようなバリエーションに富んだ「囃し言葉」になったとものと思われます。
白歯が嫌なら鉄漿(かね)つけて
次に、「※」の部分であるが、「白歯が嫌なら金(きん)つけて」と掲載されているWebsiteや、西条祭りの際に「白歯が嫌なら金(きん)つけて」と歌唱している自治会なども存在するが、明らかに間違いであると思われる。
「お杉やお玉」は、江戸時代に伊勢神宮の内宮と外宮の間にある山道(間の山)で、三味線や胡弓を弾いて唄い、参詣人からお銭をもらっていた実在の女芸人、およびその人たちが唄った俗謡(間の山節)です。
江戸時代であるから、一般庶民が「金(きん)」を手に入れることは到底不可能な時代です。一方で、江戸時代の一般庶民は、識字力に乏しいため、歌詞などは口頭で伝わったと考えられます。
他方、近代では、義務教育などにより、一般庶民の識字力も向上したものの、口頭で「鉄漿(かね)」と聞いても、それを文字に反映する際に、歌詞の前後の意味までも考慮することなく、「金(かね)」と間違えて文字起こししたものと思われる。そして、現代人が西条祭りにおいて「白歯が嫌なら『金(きん)』つけて」と誤読して歌唱しているものと考えられる。
お歯黒(鉄漿)
伝統的なお歯黒(鉄漿・かね)は、酢や酒に鉄を溶かした「かね水(鉄漿水)」と、ヌルデの木の虫こぶを砕いた「五倍子粉(ふしこ)」の2つを交互に歯へ塗ることで発色させます。
作り方としては、かね水(鉄漿水)は、壺や瓶に、お酢、酒、米のとぎ汁、鉄くずを入れる。数ヶ月かけて温め、鉄を酸に溶かして酢酸第一鉄を作る。液体が茶褐色や黒味を帯びたら「かね水」の完成となります。また、ヌルデの木にできる大きな虫こぶ(虫えい)は、「五倍子(ごばいし)」と呼ばれ、多量のタンニンを含み、古くからお歯黒の原料として利用されてきました。
